国本武春 ベンベン旅日記(16) トイレの友さん

本日の国本、うなる代わりに旅日記とまいりましょう あがった あがった  〜2002.01

 浪曲の寄席である浅草木馬亭に、以前「友さん」と呼ばれるお爺さんがいた。もう八十をとっくに過ぎているのだが、毎日しっかりと前座を務め、その上、我々若手や自分で専属の三味線弾きを連れてこれない演者の三味線を弾いてくれる。

 普段はだいたい一日二、三人なのだが、多い時などは四人五人と弾く時もあり 、
三味線の調子や節の全然違う演者たちを何の苦も無く次々と弾いている姿は、
実にはつらつとしていて、とても芸の達者なお爺さんだった。

 私などは木馬亭出演の時は、必ずと言っていい程この友さんに弾いて貰っていた。とくに私が入門したてのこの頃は、若手が私だけだったので、毎日のように出演しては、毎日のように弾いて貰っていた。

 ところでこの友さん、三味線の腕は確かなのだが、一つ大きな問題があった。
トイレが近いのである。 「まあ、お年寄りだから仕方が無いよ」 などと言ってしまえばそれまでなのだが、この友さんの場合、「仕方が無い」では済まされない。
なんと舞台の途中で、トイレに行ってしまうからだ。

 「え~っ、舞台の途中でトイレなんてうそだろ~っ!」とお思いの方も多いだろうが、浪曲の場合、三味線弾き(曲師)は屏風の後ろに隠れて三味線を弾くため、
途中でいなくなってもお客さんの方からは気付かれない。

 ただ私の浪曲の途中で、三味線を弾いてるはずの友さんがトイレに居るもんだから、それを目撃した先輩達が驚く。
「あれ?友さん、今たけちゃんを弾いてたんじゃなかったの?」
「いや~、どうも歳を取るとはばかり(便所)が近くてね~。え~、今すぐ戻りますから…。はーっ!いよーっ!」
一応良心が咎めるのか、トイレの中から掛け声をかけている。

 居なくなられた私の方はえらい騒ぎ。節をうなろうったって、三味線が無いんじゃどうしようもない。節のところを急遽タンカ(せりふ)に変え、冷や汗をかきながらしどろもどろで演じている。

 するとそこへちゃっかり戻ってきた友さん。屏風の陰から私に向かって小さな声で、「ゴメンネ、たけちゃん」 言ったかと思うと今度はメチャクチャ大きい声で、 「いよーっ!はあーっ!」
…忘れられない大先輩である。  〜♫ベンベン


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