三味線ロッカー登場  

昭和63年(1988年)頃 「三味線ロック」が認知され始めた。

 ヤマハ主催のポップスコンサートにゲストで出演し「いいかみんな、世の中大切なのは親孝行と義理人情だぜ」と三味線を弾き出した・・・

 オリジナルの「富士山88」「ズンズンズン」「ロックンロール次郎長伝」 を世に出し、異色の若手浪曲師と評され、ラジオのニッポン放送でも流れ、「CDは出ていないのか?」と問い合わせも有ったという。

 こうして、アルバム「福助」へとつながっていった。

 イェーイッ!!


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