国本武春 ベンベン旅日記(14) 木馬亭に現れる謎の男

本日の国本、うなる代わりに旅日記とまいりましょう あがった あがった  〜2002.01

 私達、浪曲師のホームグラウンド「浅草 木馬亭」。 出演し始めてからかれこれ20年以上になるが、この寄席にはさまざまなお客さんがやって来る。
  初めから終わりまでずーっと寝ている人。イスの下の物を何かしきりに探している人。トイレに行こうとして立ち上がったのだけれど、足が悪くてなかなかトイレにたどり着けない人。ずーっと首をかしげている人。声を掛けてくれるのは嬉しいのだけれども、別 に何でもない場面でやたら 「武春!武春!」 と叫びまくる人。となりに座っている人に、とても熱心に今やってるネタの解説をしている人。一席の間に20回以上もアクビをする人。ずーっと本を読んでる人。何故かカレーを食べている人。舞台の前の、演者の足元を照らすフットライトで、ビンに入った牛乳を温めている人……。 そんな環境の中、平常心を保って芸をするのはなかなか難しい。ホームグランドとはいいながら、この「木馬亭」が結局は一番難しい舞台なのかもしれない。

 そしてまた「木馬亭」には客席だけでなく、楽屋にも変わった人々がやってくる。
 まあ浪曲に限らず芸人の楽屋なんてのは、一般の人々にはあまり縁が無く、また入りにくい所。 特別なしきたりなど無いのだけれど、なんと言っても中に居るのは飢えた芸人達。手ぶらで入って来ようものなら、楽屋一同からジロリと白い目で睨まれる。全員に祝儀とまでは行かなくても、せめて菓子折りぐらいは心掛けたいものだ。 何にしても初心者にはチョイとばかり勇気の要る敷居の高いところだ。
  ところがそんな木馬亭の楽屋に手ぶらで堂々と入り、我々若手に向かって 「おう!一生懸命やってるか?ダメだぞもっと勉強しなきゃあ!」 などと声をかけ、楽屋のテーブルの上にのっている差し入れのお茶菓子やまんじゅうを片っ端から食べ、 「昔は良かったけど、今はもうしょうがね~な~」 と言いながら、風のようにサーっと帰っていく人物がいた。 私は2、3度目撃したのだが、誰に聞いても知らないという。 あまりにも堂々としているその迫力に、楽屋の先輩達も何も聞き出せないでいたらしい。
  入りにくい楽屋に入り、大胆にも差し入れのまんじゅうをたらふく食って帰っていった男。 あの人は一体、何者だったのだろう…。〜♫ベンベン 


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